インタビュー

切子職人・門脇裕二さん「繊細さを削り出す、表情豊かな江戸切子の世界」

東京都・江東区。門脇硝子加工所で2代目職人として江戸切子の制作にあたられている、門脇裕二さんにお話をうかがいました。記念日や父の日の贈りものとしても人気の高い切子グラス。職人として、伝統工芸士として。江戸切子に込める気持ちと、思い出深いお客さまについても語っていただきました。

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訪れた、硝子加工所


春の終わり、江東区のとある工房を訪れていました。「門脇硝子加工所」、親子二代で制作されているのは、涼やかで美しい「江戸切子」です。

きらきらと輝く青色。ひとつひとつ丁寧に削られ模様が浮かび上がった切子は、窓の陽を浴びれば、かけられた手間や込められた技術がそのまま影にも映るよう。贈答品としても人気が高く、眺めるほどに惚れ惚れとする作品たちです。

今回お話をうかがうのは、その作り手である、2代目でこの道27年の門脇裕二さん。伝統工芸士として「江戸切子」を守りながら、新たなデザインや販路の拡大まで手がけられています。「何からお話しましょうか」と門脇さん。作品はもちろん、隅々の道具にまで愛情たっぷりです。

伝統的な技法の数々

いつもギャラリーでお写真を拝見していました。ひとつひとつの模様が本当に細かくて美しいですね。

門脇さん
カットのデザインは、伝統的な柄のパターンや幾何学模様も取り入れながら、新しいデザインをいろいろと試しています。それぞれカットの仕方に名前がついてるんですよ。
 
その発祥は1834年と言われ、東京都が認定する「伝統工芸品」である江戸切子。いくつもの歴史ある技法があります。

いくつか実物を拝見しながら、おしえていただきます。

門脇さん
まずは「かごめ」。縦横斜めで升目をつくる技法で、竹細工などでつくられる「籠」の「目」が名前の由来になってるんです。

門脇さん
これは、中を覗くと升目の中にさらに菊の紋が入っているのが見えると思います。

 

丸い青色のまわりで小さく放射型に広がるお花ですね。

門脇さん
このカットは「菊かごめ」と呼ばれているもので、「かごめ」の柄を残しながら、ひとつずつ間に菊の柄を入れていくので、より細かくて手間がかかりますね。

これは、一層細かい柄が刻まれていますね。

門脇さん
こっちは「菊つなぎ」というもので、よく見ていただくとすべての菊の模様がつながっています。もっとも繊細な柄ですね。このグラスは、細かい菊の模様を250個ぐらい入れているんですよ。
 
250個…。たしかに、ぐるりと回すとその量の多さ、細かさがよくわかりますね。ピンク色も鮮やかで美しいです。

門脇さん
削る前のグラスの種類によっても、仕上がりの印象は大きく変わりますね。通常、外側に色がかかっているものが多いので、削った部分が透明になって、残した部分に色が残るのですが、このグラスは内側がピンクだったので、このような色味になっています。

これはまたすごいですね。「わあ」と歓声をあげてしまうときの花火のようです。これも、見事な「菊つなぎ」ということですよね?

門脇さん
そのとおりです。面積も大きいので華やかに見える作品ですね。やっぱり、こういった細かい柄をつくっているときが、本当にたのしいんですよ。難易度が高いほど熱が入る、というのかなあ。
 
腕が鳴るんですね。細かいほどに、見る角度や陽の入り方によって、いろんな表情がたのしめるのがいいですよね。仕上がりをイメージしながら、ひとつひとつ削っていかれるんでしょうか。
門脇さん
そうですね。元はそれぞれ同じかたちのグラスや器でも、仕上がりはまったく違って見える。そこが、なんともおもしろいですよね。

同じグラスが見せる、まったく違う顔



驚きました、こんなに変わるのですね、大きさまで違って見えるのが不思議です。カットの仕方次第でいろんな色味やデザインが実現できる、という。
門脇さん
削り方やその面積によって、「表面の色の起こし方」というものが変わるので、ここまで違うものに見えるんですね。同じだったものを、どこまで変えることができるか、そこがいちばんのおもしろみだとも思っています。

加工所にて


こちらは、普段制作されている加工場。陽のあたる入り口を閉め切ると、足場からひんやりとした空気を感じます。小さく聞こえるのは、ラジオから流れる音楽。
 

夏場は、蒸し暑くなったりしますか?
門脇さん
そうですねえ。夏は暑いし、冬場はコンクリートだから寒いんですけど、水を使うもんで、どうしても床はコンクリートじゃないとだめなんです。
 
実際に、カットの工程を見せていただきます。
いつも、作業はラジオを聞きながら?
門脇さん
そう、昔からの習慣ですね。それがないとさみしいというか、やっぱり静まり返った中でずっと作業するのは厳しいもんです。FMの音楽を聞いたりして。昔はAMラジオをよく聞いていたんですけど、おもしろい番組がはじまっちゃうと、そっちばっかりに集中しちゃって、仕事にならなくなっちゃう(笑)。
 
たのしいお話をされながらも、刃に近づけるとその目もとは真剣に。

甲高い金属音を想像していましたが、実際に聞こえてきたのはガラスの削れる薄い音。グラスを添わせると、すっと細い線が刻まれていきます。

小さいころから、こういった現場でお父様のお仕事をご覧になっていたと思いますが、やはりずっとこのお仕事には憧れがあったんですか?
門脇さん
いえいえ。ガラスを「きれいだな」と見ていることがありましたけど、たのしさや魅力がわかったのも、この仕事をはじめてからですね。学生のころは、自動車関係の仕事に憧れてみたり、いろいろ考えもしましたけど、手伝っているうちに、この手の感触がなんだか残ってしまって。手に職をつければ、いつまでもやれますからね。ずっと続けられる。これを、極めていこうかと。
継いでいく決意をされたんですね。
門脇さん
そうですね。最初の4年半は、外で修行を積みました。ここにはない技法や切子づくりも学びたかったので。そこから、あっと言う間に27年です。

今では、伝統的工芸品産業振興協会が認める「伝統工芸士」として活躍されています。
 
お辛い時期もありましたか?

門脇さん
もちろん人間ですから。腰も痛めますし、なんだかなあ、というときもありました。
それでも気持ちを込め続けられた27年間を、支えたのはなんだと思いますか?

門脇さん
やっぱり、切子というもののおもしろさだと思いますね。グラスをひとつひとつカットして、まったく新しい形にしていく。カットしただけでは曇っていますから、その時点では「磨いたときにどうなるか」は、あくまでイメージでしかないんです。実際に磨いて仕上がったときには、今だに新しい発見があったりします。光の入り方、色の映り方、「思ったとおりだ」ということも「こうなるのか」ということも、もちろんある。
どう仕上がるか、それをたのしみに新作を手がけ続けられるんですね。

門脇さん
そうですね、それが、いつまで経ってもおもしろいんですよね。

お客さんから教わること


門脇さん
あとは対面販売で、良いものを良い、と評価してもらえたときも幸せを感じますね。お客さんに喜んでいただけると、やっぱりうれしいですから。minneの販売でも、レビューやメッセージはおもしろいもので、ひとつひとつ丁寧に見ていますよ。
贈りものとして購入される方も多いですよね。
門脇さん
そうですね。若い方がプレゼント用に買ってくださるのもうれしいですし、みなさん後日、「プレゼントしました」「喜んでいただけました」と言っていただけたりするので、ありがたいですよね。結果がわかる、と言うんでしょうか。
 
手仕事ゆえ、同じものは2つとない切子グラス。父の日の贈りものとして選ばれる方も多いんだとか。

門脇さん
「自分に贈る」ってひともいて、それもまたうれしい。
 
ああ、お酒のお好きな方がご自分へのプレゼントに、ということですか?

門脇さん
それが、そういった話ばかりではないんですよ。何年か前に、デパートの催事で、年配の女性がグラスを買いに来たんです。聞けば、「牛乳を飲むためのグラスがほしい」って。
 
牛乳ですか?

門脇さん
考えてみれば、「牛乳を入れたら、切子はどう映るか」の知識がないんですよ。白い液体は入れてみたことがなかったので。おばあちゃんにいろんな色をお見せしながら、一緒に考えましたね。「どれがいいんだろう」と。結果、エメラルド色のものを買って行かれたんですけど、数日後にまた来てくださったんです。「牛乳を入れたら、きれいだったよ」「本当においしかったよ」と。
 
それは思わぬことを、おしえていただきましたね。素敵なお客さん。

門脇さん
考えてもみなかったことだったので、おもしろく感じましたし、そんなふうに喜んでいただけると、うれしくなっちゃいますよね。もうひとり、よくおぼえているのが、これも年配の女性なんですが、ちょっと体の調子が悪いそうでお薬を飲まれていて。普段は、よくあるグラスで飲まれてたそうなんです。だけど「本当は、自分の気に入った特別なグラスで飲めたらいいんだろうね」って。

薬だからこそ、そういったたのしみを持たれたかったんですね。切子を選ばれたんですか?
門脇さん
ひとつ選んで買ってくださいました。実はその方も、数日後に来てくれて。「いつも安いグラスで飲んでいたときは苦かったのに、こないだ買ったグラスで飲むと薬が苦くないんだね」って言うわけなんです。もちろん、それは気持ちの持ちようで、いつもと違うグラスで贅沢な気分が味わっていただけたからかな、と思うんですけど、そうやって言っていただけると、本当に報われるというかね。ああ、よかったなと思いますよ。
 
持ち帰り、水を注いで飲まれたその様子と、そんな感想をいただいた門脇さんのお気持ちを想像し、なんだか胸がいっぱいになります。

つくり続ける、ということ


今後、新たに挑戦されたいことはありますか?

門脇さん
特別なにか、ということではないですけれど、新しいデザインは常に挑戦して仕上げていきたいですね。つくり続ける中で、本当にたくさんのものが生まれてくるので。
門脇さん
父はいま73歳で、現役で百貨店のイベントにも立って、つくって、売って…続けてますので。まだまだ先があるので、伝統工芸士として「江戸切子」の伝統を守りながら、永く愛されるものにしていきたいですね。

門脇裕二
「伝統工芸士」として、門脇硝子加工所にて親子二代で活躍する江戸切子職人。minneでも作品を販売中。
https://minne.com/@edokiriko
取材・文 / 中前結花  撮影 / 真田英幸